青々とした木々。いきいきと咲く花々。カラフルに色づいたフェンスに囲まれた可愛らしい平屋。訪れるだけで心がワクワクするようなこの場所は、神奈川県小田原市にある「アール・ド・ヴィーヴル」。就労継続支援B型と生活介護を兼ね備えた、多機能型の障害福祉サービス事業所です。
建物内に入るとまずは広々としたカフェスペース。甘い香りと元気な挨拶がお出迎えしてくれます。思っていた以上に天井は高く、明るく開放的な空間。訪れたこの日はちょうど展覧会の会期中で、真っ白な壁には豊かな色彩を放つアートが数多く飾られていました。
温かく迎えてくださったのは理事長の萩原美由紀さん。頂いた名刺には目を引くようなアートが施されている!
ーこれも利用者の方の作品ですか。
「そうなんです!これは『つながるカード』といって障害のある人のお仕事として、利用者さんの作品の原画を使うことで就労支援につながる、という名刺制作のサービスで、2013年から続けています。この場所は認定NPO法人が運営しているので、基本的には障害のある方たちに特化したワークショップやこうした展覧会などをやっています。それと同時進行する形で、週末は地域の方に向けてワークショップなどを開催して地域開放もしています」
アート活動も盛んなアール・ド・ヴィーヴル。定期的に行われているアートワークショップは今やアール・ド・ヴィーヴルを代表するワークショップのひとつで、アートディレクターを務める美術家の中津川 浩彰さんを講師に迎え、月2回開催されています。障害の有無や年齢に関係なく、絵を描きたいと思う誰もが参加できるのが特徴なのだそう。
「アートワークショップではテーマとか描き方はほとんどレクチャーしないんです。対話を重ねていくと描いている人の方が変わっていく。そうすると作品も変わっていく。それがおもしろいんですよ!障害のある人のために作られた施設ではあるけれど、障害のない人がここに来ることでの『気づき』がきっとあると思うんですよね。全てのワークショップは、障害あるなし関わらず誰でも参加できるようになり、インクルーシブな空間になっています。私たちが求めている社会に近づいてきました。」
正解も壁もないアート活動はまさにこの場所にぴったり!こどもから大人まで、みんながひたむきにアートを楽しむ姿が目に浮かびます。
ーそもそも、萩原さんがこの活動を始めたきっかけは?
「26年前、私の第一子がダウン症をもって生まれたことがきっかけでした。地元でもない土地で、生まれたばかりの赤ちゃんを抱えてどうしたらいいか悩んでいたら、小児科の先生にダウン症の子を持つ親の会があるから参加してみたらどうか、と教えていただいたんです。そこで参加した『ひよこの会』で横のつながりを得ることができ、多くを学びました。本当に支えられて助けられてきたので、自分に何かお返しできることはないかとずっと考えていて、会長を10年ほど務めたんです。その活動の中で、ダウン症への多くの誤解があることを知り、社会とのつながりや学校での居場所にも課題を感じました。ダウン症についてより正しく伝えるために会報を作って、学校や病院などに配布したのが、今のアール・ド・ヴィーヴルの活動の原点です」
ーその原点から今に至るまで、日々活動を続けてきた萩原さん。とはいえ地道な活動を継続するにはモチベーションが必要かと思います。どんな思いで活動を続けていたのでしょうか。
「これまで出会ったダウン症のみなさんがとてもユニークで、おもしろい人たちだったんですよ。なので、この人たちの特性を活かして、『仕事』にできないだろうかとずっと考えていました。絵も描く。ダンスも踊る。習字なんて書かせたらものすごくかっこいいものを書くんです!そういうひとつひとつを全部マネージメントできるような『仕事場』をつくりたいなと思いながら、活動してきました」
こうして2013年にNPO 法人 アール・ド・ヴィーヴルを設立。養護学校を卒業した後の選択肢がないことにも課題を感じた萩原さんは2016年には就労継続支援B型事業所をオープン。6年目には現在の多機能型障害福祉サービス事業所を新設、移転を遂げ、こどもの成長に併せて活動も成長していきました。
「アール・ド・ヴィーヴルとはフランス語で『自分らしく生きる』という意味。あるとき新しい場所に移ったらどんなことをやってみたいか、利用者の皆さんに聞いてみたんです。英会話、ヨガ、ピアノ、お絵描き…どんどんやりたいことが出てきた。彼らがやってみたいことを全て実現するための場を作ろうと思いました」
2021年に新たにオープンした事業所は、ギャラリーカフェとふたつのアトリエスペースが輪を描くように配置されていて、移動も自由。出入り口にはスロープがあり、フルフラット。誰もがストレスなく過ごすことができるつくりになっています。
ー多機能型ということは、つまり、どんな人たちが利用していることになるのでしょうか。
「ここはとても珍しい施設で、知的障害、発達障害、精神障害、難病、肢体不自由の方々がみんな同じ環境下で過ごしています。トラブルもあるけれど、お互いに同じ場所にいるということがとても大切で。助けたり助けられたりできるのは一緒にいるからこそなんですね。みんな同じ人ですから、共存しないと生きていけないと思うんです。だから私たちはあえて『分けない』ことにしています」
嬉しそうな笑顔を浮かべてこう答えてくれた萩原さんの元に、突如嬉しい訪問が。就職して施設を卒業した方が手土産を持ってふらりと立ち寄ってくれたのです。そこにいるみんながまるで家族のように再開を喜んでいる。
ーこんな風に、ここは誰もが立ち寄れる場所、なのですね。
「そうなんです。福祉施設ってちょっと敷居が高い雰囲気があると思うんですけど、来て頂かないとこの雰囲気って伝わらないですよね。このギャラリーカフェも、彼らが一年かけて準備をして、やっと順調にオープンできるようになりました。メニューを間違えるかもしれないけどそれもいいよねって。そういう店にしよう!ってみんなで言ってます」
分け隔てなくさまざまな人に訪れてもらうための企画力はさすが!この時に開催されていた展覧会『アール・ド・ヴイーヴル展』は、46人のメンバーの作品を一人一点以上は飾ろう、と企画されたんだとか。どの作品も個性が思いっきり放たれていて、見応え充分だ。
「こうした展覧会で絵を飾ると本当にわかりやすいんですけど、ちょっと前とは作風がガラッと変わっているメンバーたちがいるんです。誰かが指導するわけではないのですが、きっと本人自身が自分で変わっていくんですよね。ほら、できることが増えるって楽しいじゃないですか。楽しいと、作風まで変わる。心がハッピーになると絵まで変わっちゃうんですよ」
その言葉を胸に、もう一度作品をぐるりと観てまわる。弾けんばかりの明るい色彩をふんだんに使った作品、朗らかな色調に繊細なタッチで描かれた作品、力強く迷いのない線画。どの作品も作者の個性が真っ直ぐに表現されているように感じます。
「今回はあえて作品にタイトルをつけていません。タイトルがつくと、それにしか見えてこないことってありませんか。私にはこう見えた、とか、何を描いたんでしょうねぇ、なんて会話が生まれること自体を大切にしたいんです」
こうあるべきというルールが優先される社会の中で、正解ありきの行動があまりにも当たり前になってしまい、思考することを忘れてはいないだろうか、とハッとさせられる。ルールもテーマもない、自由で遊びのあるこの環境下で、私だったら何を描くのだろう。
「絵を描く日とかも特に決めてないんですよ。自分の役割は自分で決める。やりたくない時はやらなくてもいいし、やりたいことがあればチャレンジできる。調理をする日、絵を描く日、作品をリース先に納める日。選択肢があるってことがすごく大切で、心からやりたいと思って取り組んでほしいから、無理にやらせたりはしません。自主的、自発的に自分を表現できるようにしてあげたいんです」
自分の役割を自分で決める。自分がどうありたいかは、誰かに決められるものではない。萩原さんから語られるひとつひとつの言葉たちは、決定権は常にひとりひとりの手の中にあることを思い出させてくれます。
「当事者の声を一番大切にしたいんです。彼らが望むことは確実にあって、私たちがその実現のサポートをする。当事者の声が、私たちを動かしているんです」施設をぐるりと見学させてもらうと、全身全霊でサポートしたいという萩原さんたちの思いがアール・ド・ヴィーヴル全体を包み込んでいることがわかります。穏やかな空気感がどのスペースにも流れていて、ケーキを一生懸命作っている姿、夢中になって作品に向き合う姿、会話を楽しむ姿、どの姿もお互いに認め合っているのを感じます。
「得意なことで自分を肯定できるってすごく大事ですよね。ここで絵を描くことで、家族以外の誰かに評価される。それは本人にとってとても良いことだと思うんです。自信がつきますよね。自信がつくと『次はこれをやってみたい』というチャレンジする心が自然と湧いてくるみたいなんです。本当に変わります。おもしろいくらいに」
あの作品とこの作品。あの人とこの人。違いが明らかにあること自体がとてもおもしろい。アール・ド・ヴィーヴルはそう感じさせてくれる空間。誰の内側にもある『こうありたい』という小さな願いに、じっと耳を傾ける萩原さん。相手の素直な表現を、心底尊敬し、社会へとつなげていくその姿勢こそがきっと、これからも自分らしく生きたい人びとを支え続けていくのだろう。
photo & text :akari komatsu