キエーロ代表 松本ご夫婦

vol.12 松本信夫・恵里子さん地球の循環の縮図をつくる

「キエーロ」というものをご存知だろうか。土の中の微生物が生ごみを分解する容器。このいわゆる生ごみ処理機の名前を、最近よく聞くようになってきた。
現代の家庭で、原始的な構造の土を使った道具が流行っている?少し不思議な気持ちで調べてみると、なるほど今の時代に合致している。バイオエネルギー100%で、仕組みは驚くほどシンプルで環境に優しい。

開発者は、どんなかたなのだろう?葉山にお住まいと聞き、取材にお邪魔した。
笑顔で迎えてくださった松本夫妻と、人懐っこい黒ネコ。第一印象は、発明家・研究者というよりも、ごく普通の「品のあるご夫婦」という感じだった。

お茶やお菓子をご馳走になりながら、お話を伺う。

―突然ですが、このキエーロを作られたきっかけは何だったのでしょう?

信夫さん:
元々、電動のコンポスター(有機物を分解し堆肥をつくる家電製品)を使っていたのですが、すぐ故障するんですよ。修理や基材の買い替えも必要で。匂いや虫の問題もありました。

庭に子ども用の砂場スペースがあって、使わなくなっていたので、けやきの落ち葉を溜めて、電動処理機が壊れた時に生ごみを捨ててみたんです。そうすると、生ごみが匂いと一緒に消えちゃったんですよ。

庭に設置されたキエーロに残飯を

それが1995年くらいのことです。以来ずっと試行錯誤を重ねて発展させながら、続けています。雨が流れやすいように斜めの屋根をつけたり。横に隙間をつくり、密閉されないようにしたり。乳酸発酵しやすい竹チップなどでも実験しています。ですが仕組み自体は畑や庭の土を掘って生ごみを埋めるのとなんら変わりないです。それを箱で再現しているだけで。

恵里子さん:
生ごみさえなければ、ごみ捨ての不自由さからも解放されるし、生活が向上すると思うんです。分解されて別のエネルギーになる。地球で起きている循環が自分のベランダの中で起きるって、ちょっと哲学的ですよね。自分も循環の中のイチ存在なんだなっていう気付きもある。

それを聞いて、はっとさせられた。そうか、キエーロの中で起きていることは、地球で起きていることの縮図なのだ。あらゆるものは形を変えながらぐるぐる循環していて、「持続可能」な世界を作っている。生き物は食物連鎖の中で食べたり食べられたり、分解されたり。最後には土に還り、また次の何かになる。そんな自然界の生態系を身近に感じることができる装置だったのだ。

―キエーロは松本さんが発明されたのでしょうか?全て独学ですか?

信夫さん:
そうですね。全然専門家ではないので、本を読んだりして実験しながら、常に改善しています。間違っていることもあると思うんですけど、結果として長続きしていて、みなさんに使っていただけているのが嬉しい。ただの土を入れる箱ですから、発明とも言えないんじゃないですかね(笑)先程お話したように最初は砂場から始まったんですけど、それをベランダで使えるようにしただけです。土は肥料として使っても良いし、生ごみを埋め続けても良いし、両方使えるのがメリットです。ランニングコストもゼロだし、表面を乾燥させておくと匂いも出ない。

キエーロという名前は、「消えろ」から派生しています。商標登録しているのですが、特許は取っていません。なので、みなさんで自由につくって広めていただきたい。そう言い続けているせいか、びっくりするくらい全国で使っていただいていますね。

最近、全国からキエーロを売ってくださいと言われるんですが、高い運賃を払ってトラックで運ぶのもエコじゃないだろうと思い、間伐材や廃材を使って作りませんかと提案して、NPOや活動団体などと協力する中で、各地に制作拠点ができてきました。ただ、商売になりにくいのが問題ですね。儲からないから大手企業が参入して来ない。それはそれで良いことかもしれないけど、商売として儲けが出ないから、誰かにやってくださいと言うのが難しい。フェアトレードじゃないけど、売った人も買った人も、満足できる良い仕組みができれば良いとは思いますね。

いい加減にやってもできるし、やめたい時は休めば良いし。あまり無理しない方がよい。楽するために使うんだから、ストレスになるんじゃ逆効果です。少しズボラに、いい加減にやっているほうが長続きするんですよ。

土に関しては、微生物をペットとして飼っていて、餌をあげる感覚ですね。いかに生ごみを食べやすくするかを考えるんです。脂っこくて、カロリーが高くて、味がついているもの。人間の嗜好と似ているんです。

―経過を観察する理科の実験みたいなので、小学校の授業に取り入れても良さそうですよね。子どもたちも興味を持ってくれそう。

信夫さん:
環境の授業で学校に行ったことはあります。家庭菜園のコーナーにキエーロを置いたり。それこそ実験と言うか、例えば紅茶とかのティーバッグは化学繊維だから、中身の茶葉は分解されるけど、外側は残る。そういうのを実際にやってみて実感するのも面白いんです。入れるときには考えなくて良い。残るものは、ただ残るだけだから。やりながら「消えてる」っていう実感を得てもらうのが大事かなと思います。

―微生物のはたらきということで言うと、最近では世界中でも発酵食品が研究されていたりして「空前の発酵ブーム」だと思うのですが、それについてどう感じていらっしゃいますか?

信夫さん:
微生物って、まだまだわからないことだらけなんです。宇宙や深海と同じくらい不明なことだらけ。発酵ブームによっていろんなことが解明されていくと、キエーロにも良いフィードバックがあると思うんですよね。そもそも他の分野に比べて研究する人が少ないし、学会から注目されていないから、学部としても人気がない。これをきっかけに、研究者が増えると良いですね。

恵里子さん:
私たちは、生ごみ処理に興味があって始めただけだけど、環境問題が注目されて、若い人がやってくれるようになるのは良い流れですよね。若い人は発信力があるから、SNSで伝わり方も速い。良い時代になったなと。

信夫さん:
最近、キエーロの使い方などを載せたWEBサイトを作ったんです。やり方がわからなくて挫折している人も多いと思うので、ZOOMで定期的に相談会も開催しています。

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「やりたいからやっている」。ただそれだけ。声高にSDGsをアピールしたり、発明者であることを自慢することは一切なく、謙虚で自然体なおふたり。そして、長く続けていたら全国に仲間が増えていた。

ものごとは営利目的に傾くと、本質からズレてしまう。「広めるためには、商売になる仕組みづくりも必要」とはおっしゃりながらも、根底にある環境への配慮や、過程を観察することでの気づきを大切にされていて軸がブレていない。

「それって本当に環境に優しいの?もっと良い方法があるんじゃないの?」松本さんたちは中心に居て、一滴の水から広がる波紋のように、やわらかにコミュニティーの輪が広がっていくイメージが浮かぶ。

人間だって動物で自然の一部で小さな存在。だから自然と調和しながら無理せず生きていこう。と謙虚な気持ちになれる。

そんな気づきの輪が、どんどん広がって欲しいと思う。

photo & text :TSUKASA MIKAMI

松本信夫(まつもと のぶお)

長崎市生まれ。1978年から神奈川県葉山町在住。40歳頃から夫婦で生ごみの自家処理に興味を持ち、バクテリアdeキエーロを開発。葉山町で行政と協働して焼却ゴミの削減に取り組む。定年後キエーロ関係の活動が増えてきたので2011年に「キエーロ葉山」を設立、現在代表を務める。

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