五十嵐祐輔・あやさん

vol.11 五十嵐祐輔・綾さん結実したりほどけたり

電車の到着を待つ人びと。
いつもと同じいつもの発車メロディー。
行き来する者たちの気配を色濃く感じる位置に、今回の目的地、molnはある。やわらかな印象を与える雲形の看板がなんとも可愛らしい。

明るく出迎えてくださったのはmoln店主の佐々木綾さんと夫の五十嵐祐輔さん。愛おしそうに並べられたひとつひとつの雑貨たちは店主の綾さんによって選び抜かれ集められた品々。その中でひときわ個性を放っていたのはカラフルな張子たち、『カマクラ張子』だ。創作するのは張子職人の五十嵐さん。

カマクラ張子

「張子は江戸時代からある民芸品です。材料は和紙。型に和紙を張り合わせて作ります」

丸みを帯びた形状と、しっとりとした質感。色鮮やかな作品の数々はまるでアート作品。

もともと五十嵐さんのお父様が張子職人で埼玉県春日部市で張子人形店を営んでいた。五十嵐さんにとって張子は幼少期から身近な存在だったという。

「幼い頃から手伝いをよくしていて、作り方は身体で覚えました。全て手作業で、とても繊細なつくりなんです」

招き猫に色付け

型を作り、和紙を張り合わせ、下地を塗る。下地は貝の粉とにかわを配合させた胡粉というもので、独特な質感としっとりとした白色が特徴。まるで一気に命を吹き込むかのように、真っ白なかたまりに生き生きと絵付けしていく、まさに職人技だ。

「自分一人で全ての工程をやるとどうしても時間がかかるので、大量生産はできない。ひとつひとつ、本当に時間をかけてます」

お祝いやお別れ。人びとが張子に込める想いは様々だ。誰かを思い、その面影を閉じ込めようとする人の想いに寄り添う張子は、誰かと誰かの架け橋なのだ。

ー五十嵐さんはそもそも家業を継ぐ心づもりだったのでしょうか。

「いえ、流れですね。はじめは父親の仕事を手伝っていたのですが、結婚をして、独立を機に絵柄なども全てオリジナルに変えました。絵の具もこれまでとは調合を変えオリジナルを作って、オーダーメイドもスタートさせたんです」

セレクトショップ moln

ふたりは結婚後、都内で生活を始める。五十嵐さんは春日部へ、雑貨店を営む綾さんは鎌倉へと通う生活。『お互いの仕事を尊重しながらも、ふたりの時間も大切に』、そんな思いで、住まいを鎌倉に移すことに。

ー移住をきっかけに五十嵐さんは張子職人として独立し『カマクラ張子』をスタート、綾さんが営むmolnを拠点に活動を始めた。制作は主に自宅アトリエで行い、絵付けをmolnの店内で行うこともある。そんなふたりの出会いは?

「第一印象は音楽をやってる人、でした」

と、綾さんは語る。

音楽ユニット「fishing with john」
ソロユニット fishing with john「14.8℃カマクラ」と 本「雲のくに」moln

幼い頃からものづくりが大好きな五十嵐さんは、音楽制作に取り組むミュージシャンとしての一面も持つ。偶然にもふたりを出会わせたのは音楽だった。ふたりの間には常に音楽があり、張子の展示をしながら音楽を奏で、世界各国を回ったりもした。ふたりの営みは常に音楽と隣り合わせで、molnでもライブをたくさん開催してきた。

ーmolnは綾さんにとってどんな場所なのだろうか。

「もともとは編集の仕事をやりながら雑貨の買い付けをしたり、カフェの店員をしてみたり、図書館で働いたりしていて。そこでやってきたひとつひとつが私の中になんとなく残っていて、誰でも来れる場所がほしくなったんです。それでお店をやろう、と。お店って約束しなくても誰かがふらりと来てくれる。だから楽しいな、って思ったんです」

moln 店主の佐々木あやさん

お店をはじめて12年。綾さんが創り出す空気感に魅せられ、molnには毎日のように沢山の人びとが集まってくる。

「ずっと一人でお店をやっていたから、カマクラ張子が加わってくれて心強い」

と、綾さん。

「カマクラ張子としても、ここ発信でやらせて貰えることがありがたい」

そう語る五十嵐さん。

ひと、もの、音楽。ふたりの好きなものを全て集めたまるで宝物箱のような空間に、訪れる誰もが癒やされていることだろう。

ー五十嵐さんにとって作品とは。

「作家性を出すことも、人に喜んでもらうことも、どちらも好きなんです。自分軸も大切だけど人が喜んでくれることも好き。張子でも音楽でも、自分が創る作品はその両面性なんじゃないかなと思います」

ー綾さんにとってmolnとは。

「自分のフワッとしたものを大事にしたいな、と思っていて。お店って地に足をつけないとやれないものだけど、雲ってそういう間にある存在だなぁ、と思って。夢とか空想とかも大事にしたいし、地上にも足を下ろしたい。その間の世界にいたいから、雲の国、moln」

ふたつでひとつ。誰かと誰かのあいだ。ふたつがひとつになったり、ひとつがふたつになったり。

ふたりの生活と仕事がまさに体現しているように、結実したりほどけたり、カタチが定まることがなく、予定調和などない。

その時その時の気流に身を任せて、カタチなど決めずに、優しい雲のくに『moln』は今日も誰かと誰かのあいだにふんわりと存在している。

photo & text :akari komatsu

五十嵐祐輔

2019年に25年勤めた実家の春日部張子人形店から独立し、カマクラ張子を立ち上げ。molnを拠点に張子人形の制作販売、イベント出店、絵付けワークショップ、オリジナル招き猫のオーダーメイド制作など行う。 ソロユニット「fishing with john」やバンド「草とten shoes」「山田稔明with夜の科学オーケストラ」などミュージシャンとしても活動。

五十嵐(佐々木)綾

大学卒業後、雑貨店“AMULET”に勤務後、図書館司書を経て、2010年、由比ケ浜で《CLOUD BLDG.》内に“moln”オープン。2013年に現在の御成町に移転。2016年から、店主仲間とバンド“草とten shoes”のボーカルとしても活動。 国内の作家さんの作品や、バルト三国やイギリスetcで買付した海外の手仕事を扱う。

となりのバトン