vol.06 高橋友香さん穏やか、静か、一定であること

鎌倉、大町。
生活する人々の息遣いを身近に感じる、決して大きすぎないこの街にcalm(カーム)のアトリエはあります。白を基調としたアトリエ。色も形も様々なハーブが種類別に分けられ、ガラス瓶が美しく整列しています。可愛らしい器に熱々のお湯をさっと注ぐと、甘い香りが辺り一面にふわり。温かなドリンクを両手で包みゆっくりと頂きながら、calmの髙橋友香さんにお話を伺いました。

高橋:「まさか自分がこんなふうになるとは思ってなかったです。自分から“シロップ がやりたい”っていって始めたというよりも“導かれた”という感覚なので。」

シロップアーティストとしての起点をゆっくりと噛み締めるように、そう表現してくれた髙橋さん。現在はcalmという名のシロップブランドを展開されています。数種類のハーブをオリジナルでブレンドして創り出される色彩豊かなシロップと世界観は、多くの人を虜にする、まさにアート作品。そんなアーティスティックな世界観をもつ髙橋さんはどんな幼少期を過ごしてきたのでしょうか。

高橋:「とにかく“波”が苦手で。他人と関わりながら生きていく中で、自分がどんなに穏やかに過ごそうとしていても、どうしても周りに左右されてしまう。そんなジェットコースターみたいな日々がすごく嫌だったんです。」

十代の頃から人一倍感受性が強いことを認識していたという高橋さん。努めて鈍感になろうと心に決め、様々なタイミングにおいて自然の流れに身を任せるように。そんな中ふと目にしたのが、“calm”という言葉。

カームの言葉

高橋:「calmとは、穏やか、静か、一定であること。私が一番望んでいるのはこれだって思えたんです。」

calmという言葉がくれた平穏のイメージ。この言葉をいつか自分の活動名にしよう、と思いながら生活の場を東京に移すことに。たまたま本屋で一冊の料理本に出会い、その世界観に心奪われた髙橋さんは、本の著者である料理店に長文の手紙を書き、直接熱い思いを伝えてみたのだそう。

高橋:「初めは料理の経験なんてないし働くのは無理だろうなって思ってたんです。でも、履歴書を送ってみてと言われたのでダメ元で送ってみたんです。そしたら一緒に働きましょうって仲間に入れてくれて。」

1冊の料理本

ーこういう時の縁の絡まり方は凄まじい。髙橋さんは経験がないにもかかわらず突然料理の世界へ足を踏み入れることに。直感に任せた行動は高橋さんをどんな風に導いたのでしょう。

高橋:「私はこの料理店に出会えて初めて、自分に“初めまして”できたんです。やっと、本来の自分が落ち着ける場所を見つけたと思いました。そこにいる人たちとは簡単に通じ合えたし、笑い方がわからなくなっていた私だったけど、少しずつ笑い方もわかるようになっていったんです。毎日が本当に楽しくて。」

ずっと求めていたcalmな状態。平穏を保つことができる場所を見つけた髙橋さんは、そこでゼロから料理のいろはを学び、創り出すものに“愛を込める”という感覚を徹底的に養っていきました。そしてやがて料理を極め続けるプロフェッショナル達の姿を前に別の道を意識しはじめます。

高橋:「私はどうあがいてもこの人達みたいになれないなと感じて料理の道から挫折したんです。そんな時ひょんなことで友人にとあるイベント用にお菓子を作って欲しいと頼まれて。当時はお菓子を作れるような広い工房も確保できなくて一度お断りしたんです。だけど、やっぱり力になりたいなと。お菓子の代わりにシロップを作って友人に提案してみたらとても喜んでくれて。そこからシロップの商品作りが始まって、ずっと心に抱いていたcalmという言葉をブランドの名前にしました。それが“calm”シロップの原点。」

ハープシロップ

ーcalmのシロップの味は優しく、丸く、厚い。何層にも重なる風味や香りはそれぞれが点在しているというより、調和され、かつ、まろやかに感じます。味覚とは不思議なもので、もちろん“甘い”のだけど、その奥にもっと何か、甘さとは異なる質感の「味」の存在を感じます。このcalmならではの「味」はどう生まれるのでしょう。

高橋:「シロップを仕込む前日の夜に、月の光が当たる部屋でハーブを攪拌(かくはん)するんです。シロップにはそれぞれテーマがあるので、そのテーマに沿った祈りをこめながら。」

髙橋さんはcalmのシロップのことを“エッセンシャルシロップ”と名付けています。エッセンシャルシロップの製造工程は大きく分けて三段階。

  • 数種類のハーブをオリジナルでブレンド、手で丁寧に攪拌する。
  • 充分に月の光を浴びさせ、一晩待つ。
  • エッセンスを抽出しシロップにする。

言葉にすると一見とても淡白な工程。しかしながら、一つ一つじっくりと時間をかけ、全ての工程には常に祈りと光の存在があります。

高橋:「まずホワイトセージを焚いて空間を浄化します。この時必ず流す音楽があるのですが、その音色を聴きながら深く瞑想して、祈りをこめながらブレンドしたハーブを何度も何度も手で攪拌します。ハーブに触れていると自然と言葉が浮かんでくるんです。その言葉を胸に、ひたすら祈りをこめます。」

数種類のハーブをブレンド

美しい音色。透き通るような歌声。
さく、さく、とハーブが混ざり合う音。
心臓の音さえも聞こえてきそうな静けさ。
何層にも重なる平穏なリズムがゆっくりと刻まれていく中、髙橋さんはどんな願いを込めているのでしょうか。

高橋:「どの人にとっても“calm”の状態は大切。精神に波が生まれた時、このシロップがまた心穏やかな状態に戻してくれる。そんなものになったらいいな、と。こういうものを自分が一番求めてたんですよね。そもそも“calm”は自分のためだったんです。」

ー効率重視の経済活動とは真逆の時の流れ。音と光の力を借りて、祈りに集中し、存分にかけられる手間隙。自然本来ののエネルギーと祈りという人間独特のエネルギーの掛け合わせによって生み出される濃厚なエッセンスを抽出したものが、calmが手がけるエッセンシャルシロップなのだな、と。たっぷりと時間と手間をかけることを髙橋さんはどう捉えているのでしょうか。

高橋:「忙しい方が余計なことを考えなくて済むじゃないですか。暇な時って頭使いがちだなと思うんです。体とか心とかを一生懸命使っている方が好き。もちろん体力は消耗されるけど、手を動かして心動かしている方が私は生き生きする。手を動かしている時が一番生きている実感を感じるんです。」

祈りの強さはもちろん目には見えないけれど、あの丸くてどこまでも優しい「味」はきっと祈りだったんだ。私の味覚はすかさずその存在を感じ取り、髙橋さんの祈りを受けとめることができていたのかもしれません。

高橋:「今もし落ち込んでいる人がいるとしたら、癒してあげたいのに、私は人に思いを伝えるのがとても苦手。だから手を動かすことでこのシロップ達に託してるんです。誰かを笑顔にしたり、癒したり、元気にするものになりますようにって。言葉にならない私の想いは全部この子たちに託してます。見えるものじゃないからすごくわかりづらいけど、でも必ずパワーは込められている。だからこれを飲めば大丈夫だよって、今なら自信を持って言えます。」

祈り、光、心。
目に見えるものが全てではないことは、誰もが本能のレベルで既に“知っている”のかもしれません。美しいものを美しいと言えたら、それはもう見えないものをきっと受け取っています。見えぬものをどれだけ想像し、感じ、受け取ることができるか。その感性を育む味覚のアートは、髙橋さんの手の中で今夜も月の光を存分に浴びている。

photo & text :akari komatsu

高橋友香

音響の専門学校を卒業後、25歳でrestaurant eatripにて食の仕事を始める。友人のお店でのPOP UPでのケータリングをきっかけにcalm(カーム)の活動がスタート。ハーブに祈りを込めて誰かの心にそっと寄り添える。そんなシロップを作っている。

となりのバトン