シャハニ千晶さん

vol.03 シャハニ千晶さん言葉と器は似ている

以前からお話を伺ってみたい人が居た。シャハニ千晶さん。

コピーライターであり、エシカルブランドの立ち上げから、インドの女性の自立支援、伝統工芸の支援活動、スパイスや発酵食品についての発信をされている。器を中心としたギャラリーのオーナーでもある。

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私自身、(メールのやりとりやビジネス文書を除き)文章を書く仕事は初めてである。
せっかくご依頼をいただいたものの、正直なところ苦手な分野だ。
しかも、プロのライターをライター初心者が取材するというおかしな構図。

でも、言語化が苦手だと、この社会でうまく生きるのは難しい。

「だれかが生きるうえで、大切にしている何かに触れたとき、じぶんが気づかずにいたヒントをお裾分けされた気持ちになる。」という本企画のコンセプトを聞き、“自分自身、何かヒントがもらえるかもしれない。“ そんな微かな希望を抱いて引き受けることにした。

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兼業・副業が当たり前になっている昨今、肩書きでその人を定義するのはナンセンスだ。お話を聞く中で、全体像が浮き彫りになってくるのでは?
コピーライターである彼女の多岐にわたる活動の根底に「言葉」があるのでは?そんな疑問からお話を伺ってみた。

―まず、シャハニさんの経歴をお伺いしたいです。

シャハニ:「学生時代は、絵を描いたりデザインをしたり、演劇で留学したりしていて、進路に迷っていました。最初に就職した大広という会社で『クリエイティブにいけ、コピーを書け』と言われて。ニーズがあって言葉で表現するようになったという感じです。

今思うと、私より周囲の人の方が、私が何に向いているか冷静に見てくれていた気がします。置かれた場所で、その都度頑張って花を咲かせようという人生なのかも。自分が ”コピーライター” になるなんて思わなかった。」

―具体的に、コピーライターのお仕事はどういう内容なのですか?

シャハニ:「時代とともに、コピーライターに要求される仕事は変わってきていて、基本的にはマスメディア(テレビ・ラジオ・雑誌とか)に広告を出すので言葉(キャッチコピーなど)を考えてくださいというのがお題でした。

最近では、商品企画から入ってください、と依頼されることも多いです。世の中の人がどんなことを考えていて、どういうものが潜在ニーズとしてあるのかというインサイト部分のリサーチから始まり、コンセプトを出して、それをコミュニケーションワードに落とし、さらにクリエイティブジャンプさせて、キャッチやネーミングにする、という一連の流れを任されます。」

カレーをつくるシャハニさん

―消費者が野菜の産地を知りたいのと一緒で、受け取る側へ根底の想いやストーリーを伝えることが必要なんですね。

シャハニ:「メッキのかかった言葉はどんどん剥がされてゆく時代だと思うんです。みなさん裏の裏を読んでらっしゃる。『ファクトはどこにあるんだ?』『本質はどこにあるのか?』って。コロナ禍で、自分自身を振り返ったり、人としての歩み方を考える機会が増える中で、それが如実に現れてきている気がします。

前はマテリアル(もの)に重きが置かれていたのが、変化してきている。『私たちは何のために生きてるの?』『今後どのように生きていくのだろう?』と。」

―そこから、今の活動をされるまでの経緯を教えてください。

シャハニ:「大広の後、博報堂メディアパートナーズに行って、そこからご縁があってオレンジ・アンド・パートナーズという、小山薫堂さんがいらっしゃるオフィスで働いて、そのあたりで今の主人に出会ったんです。

彼はインド人で、その関係でインドに行くようになったんですが、お金持ちからストリートチルドレンまで色んな人が居る状況(経済格差)にカルチャーショックを受けたんです。日本とは180度違う世界が広がっていました。

そんな中で出会った人たちの中に、刺繍ストールとかの工芸品をつくっている女性たちが居て、特に伝統技術のカンタ織の美しさに魅せられました。」

カンタ織

シャハニ:「でも、中には1日10ドルとか、とんでもない賃金で働かされる人も居て、NGO団体に所属していないと搾取されてしまう状況があって。そこで、彼女たちに正当な賃金を支払って、それを日本の市場でマーケティングできるんじゃないかと思いつきました。

私が仕事をしていたデリーの支援団体は、SEIWAって言うんですけど、団体の中に職場と学校があって、子どもたちはその中で勉強できる環境が整っているんです。お母さんがこういうところで働いていると、教育含め子どもが守られる(早期結婚問題の抑止など)。良い循環が生まれるんです。」

―今でこそ、エシカルファッションがトレンドですが。

シャハニ:「『ヴィーガニー』というブランドを立ち上げて、スカーフ、ワンピース、クッション、ビーズのネックレスとかのライフスタイル雑貨を色々、百貨店のポップアップショップで販売させていただいたりして。

当時はまだ、『サスティナブル』とか『エシカル』なんて言葉が定着していなかったので、その説明をするだけで大変でした。しかも、作り手にちゃんと対価を支払うので、どうしても高価になってしまう。それを理解していただいて、買ってもらわないといけないっていう。」

ペタル鎌倉山

―現在の「PETAL」は、「ヴィーガニー」の延長線上の活動なのですか?

シャハニ:「出産子育てで、ライフスタイルが変わってしまって。前みたいにインドに行けなくなってしまったんです。服や雑貨を作るのは現地に居ないとクオリティコントロール含めコミュニケーションが成り立たない。それで、どうしようかなって思って。

半径10mでできることは何だろうっで考えて、PETAL(ペタル)って活動に切り替え、リニューアルしたんです。ヴィーガニーはエシカルファッション、衣食住の「衣」の部分だったんですけど、「食住」にスライドしたイメージです。

おうちのキッチンで、自分にできるライフワークを突き詰めて、エシカルなことを発信していければなと。毎日家族につくっているカレー。スパイス。器。

インドのパートナーは居るので、彼らからセレクトしたりと、自然な流れで。」

うつわの魅力

―器は日本の作家さんが多いですね

シャハニ:「まず最初に佐賀の唐津にご縁があって。母方が唐津で、私自身好きな作家さんもいたこともあり。また良い場所なんですよ!唐津が。あとは佐賀県の伊万里、滋賀県の信楽だったり。

今自分が興味のあること、器・スパイス・エシカルに沿うものであれば何でも、というスタンスです。ただ、日本とインドの比重が自然と多くなってきますね。

同い年の漆作家の友人がいて、最近20年ぶりに再会したんですが、彼女がとても良いことを言っていて。「自分の内側には、外に向かうのと同じくらいの可能性、深さがあるって最近わかった」って言うんです。ああ、こういう人ってコロナ禍でも強いな。って思ったんです。宇宙と同じだけの広さ、深さが自分の中にあると気づいたら、いくらでも好奇心が満たせる。」

日々のうつわとテーブル雑貨

―そういえば聞いてみたかったことなんですけど、「言葉」について、コピーのお仕事以外でも何か意識されていますか?

シャハニ:「大好きな作家、田村隆一さんの著書に「言葉なんかおぼえるんじゃなかった」という作品があるんです。言葉がなかったら、人はもっと人に優しくなれるんじゃないかと。言葉は愛情にもなるし凶器にもなるし、フラジャイルなものだなって思っているんです。

最近、子どもができて余計に気を遣います。話しかける言葉ひとつだったり、今こうやって交流するときに使う言葉だったり。

娘が今4歳で、(私も)ありとあらゆる絵本を読むんですけど、絵本(特に古い時代のもの)を読むと安心するんです。余白があって、言葉やシーンを自分の中で受け止めることができるので。最後の判断をこちらに委ねられてるのでほっとする。言葉が少なくても、良いメッセージがあれば届く筈だし。

最近の作品は紋切型のものが多くて、情報を与え過ぎだと思うんです。『友達多いっていいね』『わがまま言わずにいい子でいようね』とか。子どもにとっては大きなお世話だと思う。」

―余白のたくさんある絵本って哲学書みたいですよね。そういう表現っていいなって思う。言語化することで本質に迫るような。器も、本質に迫るものの一つのような気がします。しかも日常にも溶け込むものだし。

シャハニ:「”器” って漢字は、神様にお供えする盃を象形文字で表しているんです。器そのものが魂の交流。”コニュニケーション” のための道具なんですよね。器も言葉も似ているのかもしれないですね。」

―人も器に例えられますね。

シャハニ:「そうそう。器が広い、とか。」

インドカレー
そして、カレーをご馳走になる。

―料理って化学実験みたいでクリエイティブですよね。まさにおっしゃっていた「半径10m」の幸せというか。

シャハニ:「スパイスって、300〜400種類あると言われていて、私たちが知っているのはせいぜい30くらい?すごい掛け算なんです。何と何を合わせて…と無限の迷宮。」

―カレーの定義は難しいですよね。スパイス使えばカレー?とか。

シャハニ:「インドにはそもそも、日本人の言うカレーはないです。インドに「カレーください」って言っても通じない。ヨーロッパ大陸並みに広いので、地方によって食べているものが全然違う。」

カレーリーフ
カレーリーフは火を通すと香りが飛んでしまうので、生のものを常備している。

―今の生活で大切にしていることは?

シャハニ:「自分を大事にすることじゃないですかね?私が多忙を極めていた時に、主人が『誰を一番大事にするかわかってる?』って聞いてきて。『娘のニーナでしょ?』って言ったら『あなただよ!自分を大事にして!』と言われて泣きそうになった。

つい自分が置いてけぼりになるから、シンプルなようで、それに気付くのが難しいんですね。」

シャハニ千晶さん

―真面目な人ほどそうですよね。自分を後回しにしちゃったり。

シャハニ:「こんな活動をしていながら、自分はライフワークバランスなんて取れた試しがなくて。でも、朝4:30〜5:00に起きて、7:00までは自分のやりたいことだけをやるって決めてるんです。山歩いたり。落語も好きで、隙間時間に聞けるのが楽しい。

自分の密かな楽しみを持っている人は、今の時代強いのではないかって思います。」

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エシカルとは「倫理的な」という意味だ。そんなのわかってるよ、と思われるかもしれない。フェアであること、環境や社会への配慮があること。でも、倫理的であることがどういうことか?その線引きは容易ではなく、答えが明確でもない。昨今、「エシカル」「サスティナブル」という言葉が安易に消費されすぎて、辟易している人も多いだろう。そんな中、”メッキのかかっていない” 自分の言葉で話す彼女を見て、本物だなと感じた。

そして、何よりカレーが抜群に美味しい。

既存のルールや同調圧力から抜け出して一歩進むには勇気がいるし労力もかかるが、彼女自身が自然体であること、しなやかな一貫性があることで、すっと腹落ちする感覚があり、共感を生むのだなと思った。

PETAL(ペタル)が、それらを総括する『ラボラトリー』と定義されているのも面白い。

言葉も器も危ういもの。
どちらもコミュニケーションの道具であるからこそ、本質はその余白にあるのかもしれない。

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愛犬のキャド
愛犬のキャド。NPO法人「ARK」で出会った保護犬の1匹目がこの子だったそう。

photo & text :TSUKASA MIKAMI

シャハニ千晶

パートナーであるインド人Vikramとの出会いを機に、インドの女性の自立支援、伝統工芸の支援活動に取り組む。2017年、出産を経て子育てに専念。子育てがきっかけとなり、インドのスパイスや発酵食の魅力を再発見。”Nourish your mind and body”をコンセプトにしたラボラトリー、PETAL(ペタル)を2020年に設立。

日々の暮らしのなかで楽しめるスパイス料理や醗酵食、うつわの魅力を国内外に伝える活動をスタート。

となりのバトン