調理場での坂間さん

vol.02 坂間洋平さん自分の箱庭を大事に育てる

大磯という町には、素敵だなと思っている人達が集まっていて、素敵だなと思うお店が多く在る、そんなイメージ。この日訪れた「日日食堂と今古今(にちにちしょくどう と こんここん)」も気になっていた場のひとつ。

大きな扉を引き、中へと一歩踏み入る。

高い天井。奥行きのある広々とした空間。一瞬にして賑わしい日々を忘れ、あまりの心地良さに立ち尽くしてしまう。ああ、ほら、思った通りだ。この心地良さは、一体どこからくるのだろう。

ギャラリースペースから

経年を感じられる建物は戦後間もなく造られたもので、地元の多くの人が働きその暮らしを支えた電気部品工場。ゆったりと並べられた什器や装飾品も、そのほとんどが元々工場にあったものや、人の手を渡って流れ着いてきた古いものなのだそう。

「かっこいい什器なんかを置いちゃうと存在感が出すぎちゃって、何となくお客様も緊張感が出ちゃう気がするんですよ。」

そう話すのは真白なコックコートを纏った店主の坂間洋平さん。

一輪挿しには、その辺に在る植物や地元の直売所で見つけた花を挿し、これまた譲り受けたという大きな杉枝のリースベースにはドライフラワーをアレンジ。身の回りのものはとにかく無理なく手に入るものを、といった印象。

坂間:「バランスとして、僕らも疲弊しちゃ駄目だし、お客様もかしこまりすぎちゃ駄目かなと……ここでゆっくりしていただくということが僕らの考えなんです。それは、スタッフも含めて。」

スタッフ

現在「日日食堂と今古今」はコース料理の提供をメインに、ご縁のある作家作品を展示、販売。

この日のコースメニューは10品。

素材には旬のものを使い、前菜からデザートまでどの品もたっぷりと手間暇がかけられ、季節にあった調理法で。寒いから身体を温めるものかな、暑いからちょっと熱を冷ますものかな、そんなことを考えてメニューを決めるのだそう。

季節の野菜

席に座ると、遠くに電車の走行音が聴こえ、目の前に置かれた一皿とゆっくりと向き合う時間が訪れる。
複雑に絡み合う香り、食感、深い味わいが、五臓六腑の隅々にまでじんわり滲み渡る。

秒針が遅くなってしまったような時を過ごして、ますます気になる、「この心地よさはどこから来るのか」という疑問。

食事を終えてから、坂間さんにお話を伺うことができました。

坂間洋平さん

以前は京都でバーをやられていたこともあるという坂間さん。結婚を機に平塚へ移住、自給的な暮らしをするために整体を学び、夫婦で整体所を開業するのをきっかけに大磯へ。ゆかりのない地に移り住んだ坂間さんが、整体の仕事をやりつつ自分に科したのは、とあるルールでした。

坂間:「僕の中で、一年間頼まれごとは絶対に断らない、というルールを決めたんです。そしたら、おじいさんに『定置網の手伝いに来ないか、金は出ないけど』と言われて。なんて条件の悪いこと言ってくるんだろうと思ったんですけど(笑)即答がルールだったので、『やります!』と。」

なんて面白い発想。それにしても、いきなり定置網のお手伝いが来るとは。

坂間:「頼まれごとはとにかく断らずに受ける。自分に科したルールに従って漁のお手伝いをしていると、クーラーボックスいっぱいの魚をもらうようになったんです。毎度のように近所の方々や整体所のお客様にお裾分けしていたら、『大磯に自給的な暮らしをしてる面白いやつがいる』と噂になっていました。」

「そのうち、大磯に来て仲良くなった人たちと自宅で宴会を始めたんです。そしたら30〜40人くらい集まるようになった。いわゆるコミュニティの場ですね。」

調理包丁

美味しいものを囲んだ打算のないシンプルなつながりが、絶妙な距離感を保ちながら、居心地の良いコミュニティの場を形成していったのでしょうか。

坂間:「多分、『我々はこういう活動をしてます』という “色” が無かったのが良かったんだと思います。」

そんな無色の集まりをきっかけに出会ったのが、「日日食堂と今古今」の元となった工場跡。

坂間:「工場を活用したい人たちの集まりがあるからあなたも参加しなさい、と言われて。はじめはたくさんいた人も、一人また一人と抜けて……。僕も後々抜けるつもりだったんですけど、地主さんもよくしてくれたんです。僕自身、元々店をやっていたのもあり、これは非常に幸せな機会だなと。色々考えた中で場を維持するためのエンジンとして食堂を始めた感じです。」

そうして出来た「日日食堂と今古今」、名前の由来も気になるところ。
初めは「今古今(こんここん)」を建物全体の総称として、「日日食堂(にちにちしょくどう)」はその中の食堂として名前をつけたのだとか。

“今の暮らしに古いものを取り入れて、今の暮らしをより豊かにしましょう” という、今古今。
“日日に新たなり” という、絶えず進歩したいという想いを込めた、日日食堂。

そんな名前を掲げ、信頼できるスタッフが加わったことで、提供する料理の礎ができていった。とはいえ、運営そのものは試行錯誤の日々だったようで……。

日日食堂と今古今

坂間:「自分たちが何をやりたいのかというよりは、『地域のために活用する』というミッションと『大磯の人たちがお店に期待すること』というのがあって、それらを常に整理整頓し続けてるって感じでした。地域活性だ、といって色々やってみたんですけどね、結論からいうと、全部やって、全部やめたって感じです。」

以前の営業スタイルはランチ営業にカフェ営業、ギャラリーでは通年展示。加えて地域交流や地域活動などにも積極的に場を解放して、それはそれは賑やかしい日々。スタッフの疲弊を感じ、話し合った末、改めてスタッフを一番に考えるように。

坂間:「初めは表現するというか、見せたい気持ちが強かったんですよ。今は、『場所』というキャラクターと、そこで働く我々『スタッフ』と、『お客様』と、この3つが丁度いいバランス。ようやくですけどね。確固たる信念があるというよりも、絶えず課題が目の前に置かれているというか。それに対して力でねじ伏せようとするんじゃなくて、スタッフで話し合った上での合意の取れた誠実さみたいなところに進んでいこうかなと。今はそこにお客様も加わったという感じです。」

8年という年月をかけて見えてきた、場と料理とそこに行き交う人々とのバランス。調和。

それは取ろうとして取れるものではなく、取れていくものなのかもしれない。
お互いを観察しながら。お互いを尊重しながら。

坂間さんが感じている大磯の町の魅力ってなんでしょう。

坂間:「大磯って面白いなと思ったのは、それぞれのお店が少しずつ外から人を呼んで町を賑やかにできたらいいね、というスタンスなんですよ。そのスタンスが町にある商店として健全でいいなと。それに昔から住む人たちが言うのは、大磯という町は『暮らしが一番であって欲しい』ってことなんです。」

ーあぁ、そうか。ここに足を踏み入れた時に感じた心地良さは『暮らし』の尊重を感じたからなのか。

坂間:「自分の目に見える範囲を自分の好きな暮らしの速度に合わせると、それが心地いい。心地いいところから物事って変わっていきますよね。だから、自分の箱庭を大事に育てる方が案外幸せになれるんじゃないかなと。」

季節の植物

非日常ではなく、日常の端、庭先を整える。

坂間:「お店ってなくなっても町は維持される。けれど、町が荒れてしまったら気持ちよくない。町が良くなるために何かのアクションをおこさなければならないと思っていたけれど、今は、自分の身の回りだけはちょっときれいに整えましょうという程度が、なんとなく、僕らにできる精一杯のところなのかなと。」

自分の庭先を日々きれいにしておくこと。そしてその庭先を、きれいですね、といってもらえること。
その距離感がとても居心地が良く、町の空気感と調和していったのかもしれません。
それぞれの暮らしとの程よいバランスを、これからも日々取り続けていくのだろう。

photo & text :akari komatsu

坂間洋平

滋賀県出身。結婚を機に平塚へ移り住み、その後夫婦で「さかま整体所」を開業するのをきっかけに大磯へ。大磯での様々な出会いをきっかけに、地域のコミュニティーの場として2014年より、日日食堂と今古今 を運営。

神奈川県中郡大磯町大磯55

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