辻堂駅を降り、ゆるりと歩くことおよそ10分。とあるコミュニティスペースに到着すると、エプロンを身につけた人たちが大きな輪を作るように集まっていました。その熱い視線の真ん中にいたのは、Kasi: (カシ)代表の藤木あすかさん。
この日開催されていたのはKasi:の代表作でもある『ミツロウラップ』の制作工程を伝える「講習会」。ミツロウラップをひとりでも多くの人に知ってもらうために、そして伝えてもらうために、藤木さん自らの経験を交えながら、ひとつひとつの工程をくまなく解説する「講習会」なのだそう。
机の上にはビーカーや大きなお鍋、そして細かな分量が記されたレシピ。藤木さんの些細な一言も無駄にすまいと部屋いっぱいにペンを走らせる音が重なり、集まった方々の強い関心がひしひしと伝わってきます。
全工程を数時間近くかけて伝え切り、ほっと柔らかな表情を見せた藤木さんに、Kasi:のこれまで、そしてこれからの話を伺いました。
ーKasi:として歩みはじめたのは2020年10月。その一歩目はどんなスタートだったのでしょう?
藤木:「はじめはブランドもなんにもなくて、自分のためにミツロウラップを作ってました。そしたら、イベントで売ってみたら?って声をかけてくれた方がいて。それでエコバックも急いで作って、その日のためにブランドもカードも作って、それからそのままなんですよ。」
ーなにもないところからブランドを作るって並大抵のことじゃない気がするのです。これまであったこと、想い。様々なことを考えて、まとめてきたはず。「Kasi:」というブランド名に込められた意味も気になるところ。
藤木:「思いつきだったんです。植物の名前を使いたいのと、短くて、英語でも日本語でも発音できるものが良くて。それで、樫(カシ)の木からとりました。」
ー樫は芯が強く、縁起の良い樹木とされている。うん、そういえば、なんとなくだけど、藤木さんの佇まいに何か通じるものを感じます。英語でも発音しやすいもの… 海外にも目が向いているのでしょうか。
藤木:「海外でも展開したいな、という気持ちは当時ありました。でも今は国内でいっぱいいっぱい(笑)。いつかは….とは思ってます。」
ー藤木さんがたった一人で初めたKasi:は、今、4人のチーム体制。チームになっていくことで取り組める範囲が広がりますよね。
藤木:「基本、家でやる仕事だから、結構分担できるんですよ。量的には多くないけど、みんなで分担してる。専門的…なことは器用な子にお願いして。それぞれ家に持って帰ってやっています。」
得意を生かしつつ無理のないやりとりがとても心地良さそう。チームメンバーひとりひとりの生活を尊重されているのを言葉の端々から感じられます。メンバーの皆さんは藤木さんのことを若い頃から知る地元の同級生や友人達。気心知れたメンバーだからこそ、自身も好きにやれているんだそう。
藤木:「私の良いところ悪いところよくわかってくれてるから、ほんとありがたいです。こだわりの強さに、うんざりしてるところもあると思う……けど(笑)」
ーこの日見させてもらった制作工程を考えても、藤木さん一人では相当大変。心から信頼できるチーム体制だからこそ、Kasi:はのびのびと育っているのですね。
そもそも、藤木さんがミツロウラップとの出逢ったきっかけは?
藤木:「ミツロウラップの名前も知らないときに、たまたまとある雑貨店で売ってたんです。これなんだろう〜、でもとりあえず買ってみよう!って。使いはじめたら、結構便利だったんです。子どもが小さかったから、おにぎり一つ持ち歩くのにも便利。それで調べてみたら簡単に作れることを知ったんです。で、作ってみたんですけど、全然簡単じゃなかった。誰かがインターネットにあげてるレシピも全く使い物にならない。どうやったらうまくできるんだろうって、ちょこちょこ試しているうちにハマって。どういうこと?なんでこんなにうまくできないんだろう?ってなんだか悔しくて。気づいたら何ヶ月もやってました」
ー夢中になると一直線。ひとつのことを数ヶ月も夢中になり続けられたら、それは他でもない才能の開花です。自分の理想のミツロウラップを追い求めていたら、自然と「らしさ」が確立していったのでしょうか。
藤木:「(ミツロウラップ作りを)結構やってたらそれなりのものが作れるようになってきたんです。そしたら周りの “みんなから教えて欲しい” って言われるようになってきて。同時に私は草木染めに興味があったから、色を付けるなら草木染めだな、って。」
ー藤木さんがミツロウラップと同時期にハマったのが”草木染め”。それらが交ざりあった形でKasi:の世界観が徐々に確立していった、のですね…。納得。
藤木:「作ったものをインスタグラムにアップするようになったら、 買いたい! って言ってくださる方がいて、あぁ販売するのもありかなぁって。じゃあちゃんと作ろう!って思ってた時にイベントにお声がけ頂いたんです。そこからミツロウラップ屋さんみたいになった。」
ーKasi:はエコバッグもオリジナルで作っていて、もちろん、こちらも草木染めして展開。そこには底知れぬエコバッグ愛が!
藤木:「実はエコバッグ屋さんになりたかったんですよ!世界中のエコバッグを集めたコレクションをやりたくて(笑)。でも、ただ売るだけじゃつまらないなって。じゃあ作ってみよう、と思ってエコバッグも作り始めました。」
ーとにかくすぐに作ってみよう!というマインドになるあたりがまさにクリエイター。それでもって凝り性。目の前のことに夢中になって取り組んでいたら、周りから導かれるように、一歩、また一歩、と着々と前へ進んでいるのを感じます。そんな歩みには無理がなく、藤木さん自身は創作を常に楽しんでいる様子。
藤木:「私が欲しいから創るって感じです。自分中心にまずは考えて、自分がいいと思うことはきっと人もいいと思うはず、なんですよ、勝手に(笑)ただそれだけを信じて創ってます。」
ーミツロウラップのブランドを作っている人は今やたくさんいて、その中でもKasi:は一際目を引くブランドに成長。まさにこの日の講習会に集まった人たちは、Kasi:の世界観に魅せられていました。
藤木:「作りたいものがあって、それと同じものができないとなんでもいやなんですよ、いつも。…その手前もいやなんです」
ー半端は、いや。
そのこだわりこそがKasi:独自の世界観を支えているのだろう。”Kasi:といえば” という独特な色彩観もある。その大きな特徴はやはり、草木染めだ。
藤木:「(Kasi:のミツロウラップは)できれば実物を見て選んでもらいたいんです。季節によって草木染めの染料も変わるし、ネットでは伝えきれなくて…。」
ー季節に寄り添った色。自然界にはこんなに豊かな色彩があるのかと驚かされます。染料になる草木はどう選んでるの?
藤木:「色で。この色が欲しい、とかで選びます。初めは採れるもの全てで染めてみたりしたんです。結局はその時の季節のものがやっぱり一番綺麗。近くの山とかいろいろまわって、今はどこに何が生えてるか大体把握したから(笑)、子どもたちに「この実があったら採ってきて」ってお願いしたりするとほんとに採ってきてくれるんですよ!!」
ーひとたび子どもたちの話をはじめると、とろりと優しい口調に。子どもたちの未来を、可能性を、心の底からとても大切にしていることがわかります。
藤木:「子どもが生まれてからこの先の地球がすごく心配になったんです。絶対に汚れていく、それが目に見えているのが嫌で。ミツロウラップはきっかけだったと思います。」
ーKasi:は ”ミツロウラップの講師になりたい” というフォロワーに自分達の経験を開示している。それは一見、ビジネス的に不利のようにも見えるが、藤木さんの思考は違う。
藤木:「目標があって。この一年間で、”日本中にミツロウラップを知れ渡らしたい” っていう。おじいちゃんもおばあちゃんもミツロウラップを知ってて、家庭に一枚はミツロウラップがある。そのためには、私達だけじゃ絶対できない。なら、できる人をとりあえず増やそう!って。で、講師を育てようっていう方向にシフトしたんです。」
ー1人でも多くの人に ”子どもたちへ残す未来について考えるきっかけ” を与え続ける。Kasi:のミツロウラップの存在はその方法を考え抜いた結果なのかもしれない。
藤木:「ラップを買ってもらうって、限界があると思ったんです。興味のある人しか買ってくれないし、増えないじゃないですか。家で作れたら安上がりだし、簡単だし、早いし。まずは作れることをスタンダードにしたいと思ったんですよね。」
ー時間をかけて、丹精を込めて、創り上げられるKasi:のモノたち。モノを介して同志が集まり、経験と願いを共有し、方々へと着実に広がり始めている。その先は一体どうなっていくのだろう。
藤木:「いつか、ミツロウラップじゃないもっと便利な何かができるかもしれない、と思うんですよ。でもそれはそれで良いかな、って。それでミツロウラップが必要じゃない日が来ても、別に、私たちはミツロウラップ屋さんをやりたかったわけじゃない。そう、これはただの経過。時代が変わっていくってことがいいことだと思うんです。」
目の前に在るものへ心を寄せてみる。なぜだろう、どうしてだろう、と興味を震わせる。足元に在るものに感謝して、手元に夢中になる日々は、その人らしさをこしらえてくれるのかもしれない。
photo & text :akari komatsu